shoya3pei’s diary

26歳 フリーター!好きなものはブラジリアン柔術、マンガ、本、映画、お酒!それから3年経ち、無職で職を探す日々!

2016 3/1 アルバイト5

パチンコ屋の清掃の次は塾講師のアルバイトをやります。

 

パチンコ屋の清掃をしているうちに大学は無事に卒業でき、何の身分もない自分ができあがりました。不安もありましたがゼロになった爽快さもありました。そして6月に一度目の家裁調査官の試験を受けます。もちろん一次で不合格です。そして清掃をしながら、浪人生のふりをしたのは前に書いたとおりです。年を越した2月ぐらいに、勉強に一切進展が見られない状況を打破するため環境を変えます。清掃もボランティアも辞めて、塾講師のアルバイトを始めます。ボランティアで勉強を教えていたので問題ないだろうと思いました。

 

1対1か1対2で教える塾でした。小学生と中学生に勉強を教えるのは楽しかったですね。ボランティアと違ってお金が発生しているのでお互い多少は緊張感がありましたし、毎週同じ子どもを担当するので成長も見られます。僕は自分が学生の時に、先生が質問をして誰も答えずに沈黙が続くこと、意味のわからない大量の宿題、先生に分からないと言えない雰囲気がとにかく嫌いだったのでそういう講師にはならないように気をつけました。

 

 

僕はそのうち一人の中3の受験生に英語と数学を教えることになります。その子とは相性がよく、僕の考えや教え方を気に入ってくれたようで夏期講習は僕の提案通りに受講してくれました。だから夏休みはほぼ毎日一緒にいた気がします。その子のためにもわかりやすく教えようと思いかなり準備しました。柔術の練習は減ってしまいましたが楽しかったです。

 

 

僕がまわりの講師と自分が違うと思ったのは、ある時期から志望校の過去問を暗記するほど何回も解かせたことだと思います。僕が担当した子は都立高校に行きたがっていたので、その過去問6年分をずっとやらせました。苦手な問題に絞って進めていきます。宿題はそれの解きなおし。確認テストも同じものです。できなかったらまた解説します。6年分完璧になったら都立の模擬テストのように似ている問題を同じように何度も解かせます。

 

 

僕は「受験生ってのは過去問を解くのを嫌うし、解くようになっても復習をしないで次の問題を解きたがるものだ」と考えていました。僕自身がそうだったからです。だから逆のことを授業と宿題でとことんやって、過去問と復習に慣れさせました。過去問を知りつくすことが一番自信とやる気につながるんだと信じていたからです。過去問に出題されなそうなことを勉強するのも無駄、毎月模試を受けて偏差値が上がった下がったと考えるのも無駄だと思っていました。

 

 

数学については過去問についている解説を読んでも「そんな解き方思いつかないよ」というものが多かったので、自分で解説を考えました。その時にはどうして自分はこのポイントに気づくことができたのかを深く考えました。それを考え始めてから教えるのが楽しくなったのを覚えています。

 

 

子どもとの関係や教えることに関しては問題なかったのですが、塾自体にはすごい不満がありました。よく言われることですが時給の発生しない仕事がとにかく多いのです。テストの作成、採点、夏期講習やらの提案などです。そういう仕事を与えてくるときに塾長は必ず「生徒のために、熱い気持ちをもって講師のみなさんには頑張って欲しい。それがみんなの成長にもつながると思っています」というお決まりのフレーズを使います。

 

ある時、僕の担当していた生徒が違う塾に移ることになりました。成績がうまく上げられなかったのです。その子に「親とも話して、集団授業の厳しい塾で勉強したほうが自分には向いているかもしれない」と言われたので僕は「いいと思うよ」と返事して、授業が終わったあとに生徒と二人で塾長に伝えました。そしたらそれにプッツンしちゃったらしく生徒が全員帰ったあとに、「なんでもっと早く言わないんだ、早くいってくれれば俺が直接説得できたかもしれないだろ!」と怒鳴られました。その場では驚いてしまって「すみません」としか言えませんでしたが、あとになってどんどんイライラしてきたので「ここを辞めて他に移ったほうが生徒のためになると思いました」と丁寧に伝えました。怒鳴られたその場で言い返せるようになりたいですね。

 

 

ブラック企業だし、学校の成績をあげるための勉強とか定期テスト対策とか本当に無駄で面倒だと思ったのもあって塾でのアルバイトは一年ほどで辞めてしまいます。柔術の練習も減っていましたしね。担当した受験生は途中で志望校を下げることになりましたが第一志望に合格できました。たくさんの受験生が受験の終わった後すぐに退会するのに、その子は一カ月ぐらい残って高校生活に向けて勉強してくれました。この子と出会えたのは本当に良かったと思います。自分が人の役に立てたと感じることができました。あと夏休みシーズンは結構働いて20万円ぐらい稼げました。大卒の初任給ぐらいのお金を稼げたことがとても嬉しかったです(ふつうの月は7万ぐらいの給料ですが)。それで親父に持たせてもらっていた20万円を返すことができました。 

 

 

 これは僕が塾を辞める時に中2の女の子にプレゼントした本です。少し見せたとき、「いい本だね」って言ってくれたので、「今すぐ読んでくれなくても、本棚に置いてあるだけでもいつか助けになるはずだ」と思ってあげました。クシャっとした笑顔が可愛かったな~

みえない未来相談室。―すきなコトを仕事にする方法 (14歳の世渡り術)

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